海、そう、それが我々の世界だ
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1章 あるバカンスの1日 2 ファムケ・ビッケル 独白
2 ファムケ・ビッケル 独白

 そう。だから私は海に出た。

 私が私というモノの存在を認識した時、私は海の真ん中に在った。

 父は幼い私を常に傍らに置き、世界の海を渡り歩いていたの。つまり、日々海の上。

 父の名はコルネウス・ビッケル。針金色の髪は天を突き、赤銅色の肌は見るからに海の男。

 軍人と言っても通用するほどの偉丈夫ね。

 しかしその相貌ではなく、彼の名前は、ネーデルラントのローカル商人としてではなく
七つの海にその勇名・悪名を轟かしている大商会『ビッケル商会』の創始者として一人歩きしている。

 現在のネーデルラント(各国の言葉に直すと低地諸国と呼ばれる地域の総称)は、
スペインのハプスブルグ家の支配地域となっている。

 しかし、北方のイングランドが国力を付け始め、宗教問題も勃発し、
ハプスブルグ家の支配の箍も、以前に比べると僅かだが緩み始めていた。
 
 そのどさくさに紛れネーデルラントでも、独立運動の気運も高まっているのだが、
相手は腐っても世界の海の半分を握る大国イスパニア。

 事はそう易々と上手くは運ばない。

 そもそも計画だけの独立運動なぞ、憲兵隊の一個小隊でも抑えることが可能でしょ。

 幾つもの独立運動が鎮圧されるが、その都度、新たな組織が産まれる。

 その繰り返しの中で本当に力を持つ、人を惹きつける独立運動組織が産まれるのかもしれないわね。

 それは置いておくとしても、現在のネーデルラントはモグラ叩きの真っ最中。

 そのモグラ叩きの天秤を上手く釣り合わせているのが、私の父、コルネウス・ビッケル。

 独立派に名前の出ぬように出資し、それが期待はずれの時はイスパニアに密告する。

 父の真意は、ネーデルラントに出来るだけ大きな価値を持たせ、それを高値で売り払うこと。

 独立派、イスパニア、天秤の両端は、この二つとは限らない。

 オッズに賭ける者、全てを対象にすることにより、
父の名前、そして『ビッケル商会』の名前は世界の海に高まっていったのでしょうね。

 父は、子供の私に対して、常に本気を見せる人間だった。今もだけど。

 商売相手を迎える時の如何にも人の良さそうな笑顔、ライバルに対して画策するときの悪魔のような歪んだ顔、出し抜かれた時の憤怒の表情、金を撒き、その金が集まってきた時の恍惚とした表情。

 そして、その時々の想い、意見、理由、理想、父は私に全ての感情を曝け出した。

 事情は判らないのだが(いや、事情が判らなくはないのだが、何故という理由が分からないの。
どうでもいいことだから探る気も起きないし)、
私という人間は、どうも感情を表現することが苦手。

 それを案じての情操教育ってヤツだったのかもしれないし、
父という人間が大人げなく、そして感情を爆発させることを好んでいたのかもしれない。

 今では、後者の割合が大きいと判断しているんだけど、たぶんね。

 それに伴って幼い私は、随分大人びた思考を持っていた可愛くない子供だった、これもたぶん。
 いや絶対。

 ビジネスにおいて、航海において、様々な人を見る、様々な物事を父と一緒に模索する。

 発生する疑問、思考、意見、それらを父と一緒に討論する。

 子供の私を立ててくれてはいたのだろうが、時折父を論破することが快感でさえあった。

 そうそう、こういう話をしたことがあったわ。

 それは、今でも夢に思い出す。

 これが私の原点。

「父上、私達は何処の国の人間なのですか?」

 周りの船乗りたちは多種多様。

 遠くアフリカにルーツを持つ者もいれば、北欧で騎士爵だったと嘯く者もいた。

 その者たちはみな一様に、酒に酔うと、俺はドコドコの人間だと語るの、今も昔も同じで。

 色々な事を父と考えていた影響なんだろうね。
幼い私は一端に、突き当る物事に全てについて結論が出るまで考えていたような気がする。
自分なりにだけど。

 その結果、出た結論に対しての意見を父に問うようにしていた。

『私は何処の人間だろう?』
 しかしこの論題に関しては、幼い私では答え出せなかった。

 何故なら。うん、どうだろう、こういうことにしておいて。

 父の取る行動は、皆の言う国とか地域とかの範疇を超えていて、
私の中の経験値では判断することが適わなかったのかも。そうに違いない。
一応、血が繋がってないとはいえ、親と子供でしょ。だから、私も父と同じ人間のはず。
そう考えると、私って何処の人間?幼い私はパンク寸前、きっとこういうこと。

 私は(恐らく、悔しさを感じながら)初めて父に丸投げで質問をした。

 やはり非常に悔しかった。その感覚を、今思い出した。

『ネーデルラントの人間だ!』と言うだけでは、私の質問に該当しないと思ったのであろうし、
私の想像だが、私の悔しがっている表情を見て、
簡単に答えを出すわけにはいかない質問なのであろうと推測していたのかもしれない。

「ふむ、難しい」
 父は今まで見せたことのない顔を見せ、頭の両脇を両手で挟み、そして、針金色の髪を掻き毟った。

 私は開いているかさえ分からないと、良くからかわれる目を大きく見開き、
やや鋭角な顎を傾けつつ、父の奇行を見守った。

 幾分掛かったのだろうか。子供のころの記憶では幾時間にも感じた気がする。

 父はテーブルの上のワインを口に含み飲み干すと、私に振り返り、満面の笑みを浮かべ、ウィンクを送った。

 笑みの上半分に位置する青銅色の瞳の輝きは、それ以前よりは断然煌びやかであり、活気に溢れていた。
 
 ちなみにだが、それ以来、眼の輝きが変わったとでも言ったらいいのだろうか、
人は目的が確かな物となると、このような変化が訪れるのだなと今は思っている。

「改めて考えると難しい。敢えて言えば、お前と私は『海の人間』だな。良い質問だった。私が歩む道が何故か、今解った気さえする、」

「海の人間……」
 一人心地で呟いた気がする。そう呟いたんだ、父の言葉を遮り。
 今でもあの口の動きが、私の脳裏に記憶されていることに気が付いた。

 父を手古摺らせた割に、幼い私にはピンと来なかった。

 実際その時は、『フーン』で流したはず。

 頭に思い浮かぶ、父のがっかりとした表情。
 それを今でも思い出すのだけど、申し訳なさと、おかしいという感情のどちらもが湧いてきてしまう。

 しかし私の質問のおかげで、今の父があるはず。
 父の目の輝きはあの時から始まり、それは今、私も引き継いでいるし、当然父の目も鈍っていない。

 『海の人間』という言葉は、私が成長した今、すぐ傍にある取っておきの言葉だ。

 私、ファムケ・ビッケルという人間を形成した重要な言葉。

 父、コルネリアス・ビッケルを触発させ、発奮させた言葉。

 私たちの宝物。

 父は、国と国との間を、高い所へ、高い所へと歩みを進める。

 さほど高くない箇所へはスキップを踏むように。
 次のステップが高い場合は梯子を用いてさえ攀じ登る。

 それが『海の人間』である父の生き方である。

 何も口には出さないが、高い箇所から世界を見渡したいのであろう。

 父との旅の折々で、私も高みの下を覗き見たことが幾度かある。
 もちろん、一緒になって高みから引きずり落とされたことも多々あるのだが。



 時は流れ、父は私に何かを譲ってくれると言いだした。

 決して父が衰え弱気になった訳ではない。彼はきっと、私が何を選ぶかに興味を持ったのであろう。

 そして恐らく、いやきっと絶対に、海に出ることを期待していたと私は思っている。

 私は幾ばくかの資金、そして一隻の小型商船、顔なじみのスタッフを譲り受けた。

 父は「これだけでいいのか」と形式上の声を掛けてきたが、その顔はいつにも増して和やか
に赤銅色の顔が崩れていた。私だけに判る、本当の笑みを浮かべて。

 あの言葉から、幾年か経過していた。
 あの時は『ふーん』で流してはいたが、あの言葉は私の中で次第に大きくなり、 
 それは私なりに海の人間たることを考えさせた。

 私は父のように高みを望んではいない。高い所からの絶景など、一度見れば飽きてしまう。

 私が望んだのは、見はらす限りの水平線。

 側舷から頬杖ついて観る水平線は、絶えず私の心を刺激する。

 そうだ、まずは平らな視点で世界を見よう。
 世の中にはたくさんの国家、そして人間がいる。
 その全てを見て回ろう。

 一概に見渡すには、平らな方がよい。

 そのためには、私もフラットな立場からスタートしたかった。

 私は常に傍らで、父を見ていた。
 父の良い所、悪い所、全てを学んできている。

 傲慢と思えるかもしれないが、商売には自信がある。

 それに、ビッケルの拾い子が海に出るという風評が、すぐにでも広まるはず。

 父に恩を売りたい(勝手に思ってくれて結構。父は気にも留めないはずである)人間が、私を使うであろう。

 まぁ、立場もあるし。

 無形のバックアップもある。

 支援も言葉に甘えて要求した。

 それだけでフラットな立場とは言えないのかもしれないけどね、
 スタートラインは私の目的のため、そして上手く立ち回るための形式として必要だったの。

 そうやって均衡の水平線を目指して、私は海に出たわけ。

 到達への手段を父と同じ商人と考えたのは、色々考えてのこと。

 父とは全く違う到達点だけれどもね。

 色々考えた内容?

 それは、語れない……かな。

 私は、それを口に出したことはないし、頭の中に改めて浮かべることもしない。

 そもそも、私の目的が達せられるかさえも分からないじゃない。

 分からないことを語るのは野暮ってやつでしょ。

 そう。だから、私は海に出た

 いつか分かってから語るつもり。それなら野暮じゃないでしょ。

3.ファムケ・ビッケル あるバカンスの1日




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